思い出工房


01ハル:目が覚めると、そこには木の扉があった。

02ハル:……何だ、これ…。……どこだ?……ここ。

03ハル:真っ白な空間に、木の扉。これは、俺に開けろと言っているのだろうか…。……開けても良い、ものなのか?…いや、でも…待つべきなのだろうか。

(扉を乱暴に開ける音)
04ナツオ:ああああ、もうじれったいな…!!ほら、さっさと入れよ、この馬鹿っ!!!
05ハル:!!?うわっ、う、後ろから突然話しかけるなよ…!!え、って、いうか、これ、入って良い扉、なのか!?
06ナツオ:普通こういうシチュエーションだと、扉を開けるだろう?ん?違うか?
07ハル:い、いや、今、ちょっと開けようと思ってた。
08ナツオ:それなら悩むな。さっさと開けちまえよ…!!
09ハル:い、言われなくても開けるよ…!!……っていうか、あんた誰だよ。
10ナツオ:俺?俺は……ここの従業員?
11ハル:ここ……?
(扉を開けるハル。出迎えるキセツ)
12キセツ:あら、お帰りなさい、ナ……っ!!まぁっ…!!!もう来てしまったの!!?まだ準備の途中だったのに…!!
13ナツオ:だから、昨日から準備しておけ、って言っただろ?キセツ。
14キセツ:ち、違うわよ!昨日からどんな飾りにしようとか、悩んでいたの!!悩んでいたらうっかり、今日に……。
15ハル:……?
16フユキ:………キセツ、新しい人?
17キセツ:えぇ、そうよ、フユキ。新しい私たちの仲間です!!
18ハル:は?え?えぇ!!?
19ナツオ:使えそうにねぇけどな。
20キセツ:ナツオ!!あなただって、最初はそうだったでしょう!!?…初めまして、ハルさん。私はキセツ。ここ、ミーミル工房のオーナーです。
21ハル:…工房…?
22フユキ:そう、工房。ここは生と死の世界の間にある工房。…ようこそ、ハル。フユキはあなたを歓迎したいと思う。
23ナツオ:死んだ奴の思い、生きた奴の願いを材料に、「思い出の品」を創る工房。それがミーミル工房。俺はナツオ、ここで品を創る従業員。いわばスタッフ。
24キセツ:あなたは死んだ人だけれど、特別に。この工房にやってきたの、ここで……ただ働きをするためにね…!!!!!
25ハル:………は…。はぁっ…!?!はぁあっ!!!?

26ハル:ハル、という俺の名前が生きていたときの俺の名前なのかはわからない。工房で呼ばれる俺の名前、それがハル。それで、目の前の男はナツオ。工房では俺よりも先輩で、俺の…上司みたいなものだ。たぶん。
27ナツオ:ボツ。
28ハル:!!!!またかよっ…!!
29ナツオ:ちょっとはマシなものを持ってこいよなぁ、ハル。
30ハル:くっ…!!
31ナツオ:「思い出の品」だぞ?何だ、これは。
32ハル:…大体、俺にデザインとか無理なんだよ。…全然わかんねぇし…!
33ナツオ:こういうのはイメージを頭にまとめて…その人にあうもの考えるんだ。そうすれば、自然と出来る。
34ハル:くっ…!!簡単に言ってくれるよな、ナツオさん…!!

35キセツ:ナツオ、ハルにちょっと厳しいんじゃない?
36ナツオ:何言ってるんだ、キセツ。お前だって、俺がやり始めた時、同じようなもんだっただろう?…いや、もっと厳しかったかもな。
37キセツ:あ、あら?そうだったかしら?…もう、私のことは良いの!ねぇ、フユキ、フユキもそう思うでしょう?
38フユキ:わたしは心配していない。……ナツオの言葉には心があると思う。だから、心配はしていない。……ナツオはハルのことを想っているから。
39ナツオ:……。
40キセツ:そうなの?……ふぅん、そうなんだ。
41ナツオ:何だよ。
42キセツ:ううん、別にー。(扉が開く音)あ、お客様かな?最近、忙しいわね。
43フユキ:商売繁盛だね、良いことだよ。

44ジュリエット:…だから、私はロミオと幸せになりたかっただけなのよぉおおお!!
45ハル:ちょ、ちょっと、な、泣かないで下さいよ、ジュリエットさん…!!
46ジュリエット:私だって、もっと幸せな人生を歩むと思っていたわ。でもね?仕方ないでしょ?だって好きになったものは好きになったんだから…!!
47ハル:う、うん。まぁ、仕方、ないと思う…俺も。
48ジュリエット:そう、だって…これは運命なんだから、仕方ないのよ…!!!
49ナツオ:また騒がしい客が来たな、これは。
50ハル:あ、な、ナツオさん!ちょっ…彼女、ずっとこんな調子で…。
51ナツオ:お前、接客も出来ないのかよ。使えねぇなぁ。
52ハル:!…そ、そんな風に言わなくても…。
53ナツオ:……まぁ、いきなり全部ってのは無理かもしれねぇな…。
54ハル:!?ナツオさん…!
55ナツオ:…で、この女性が客か?
56ジュリエット:ジュリエットです。…ロミオという恋人がいて…生きて、結ばれたかったのですが、世界がそれを許してくれなくて…結局死別してしまったのです。
57ナツオ:あー…よくある話だな。
58ジュリエット:それでも、私は結ばれようと頑張ったの!!!!それなのに…それなのにッ…!!ロミオが…ロミオが死んじゃうから…。
59ハル:君も、後を追ったの?
60ジュリエット:……えぇ。彼がいない世界なんて、意味がなかったから。死に別れて100年ぐらい過ぎたのかしら……ようやく、ようやく彼と会うことになったの。……それでね、私に似合うネックレスを創っていただきたいの。彼と私の、思い出で。

61ナツオ:今回のデザインはハルがする。
62キセツ:あら、ハルが担当するの?
63ハル:駄目、ですか?
64キセツ:…いいえ、良いと思うわ。その方がナツオも喜ぶし。
65ハル:へ?
66ナツオ:!!キセツ……!!
67ハル:……何か、あの人。ジュリエットさん、見ていたら……ちょっとうらやましいな。
68フユキ:うらやましい?どうして?
69ハル:……よく、わからないけど。…その人がいないのなら、死んでも良いと思うほど…好きな人がいた、ってこと…かな。……俺にも、そんな人がいたのかな。
70ナツオ:……お前は、知りたいのか?生きていたときのこと。
71ハル:少し。…いや、でも、この工房での生活は楽しいし、別に今に不満があるわけじゃ…!!
72キセツ:いやね、そんなことわかっているわよ、ハル。…そういうことはね、フユキ。
73フユキ:いつか自然と、わかるものなの。自分のこと、そのうち思い出すから。……ゆっくりと、それを待って?
74ハル:……うん。
75ナツオ:………ほら、早速取りかかるぞ、ハル。
76ハル:え、ナツオさん、協力してくれるの?
77ナツオ:お前1人に任せたら、どんなものが出来るか…わかんねぇだろ?俺がサポートしてやるから。
78ハル:……うん、ありがとう、ナツオさん。

79ハル:シンプルな感じが良いと思うんだ。
80ナツオ:賛成だな。あんまり派手な奴はお前には合わない。彼女と彼との思い出を、見たか?
81ハル:見た、材料になるから…。……思い出は良かったけど、やっぱり悲恋だったから、最後は悲しかったな。
82ナツオ:悲恋ってのは、そういうものだからな。

83ジュリエット:あぁ、ロミオ…どうして、あなたはロミオなの…!!

84ハル:…でも、彼女のロミオに向けた想いって、素敵だと思う。…俺も、あんな風に想ったり、想われたり……する人がいたのかな。
85ナツオ:………さぁ。どうだろうな。…さて!(軽くハルの頭をたたき)
86ハル:いたっ。ちょ、え、ナツオさん!!?
87ナツオ:雑談はここまでだ。さっさと考えろ。時間は限られてる。シンプルな頭で考えろよ?お前の場合、雑念が多いんだ。
88ハル:う、わ、わかってるよ…!!
89フユキ:(こっそりとのぞく、フユキとキセツ)何だか、楽しそうね。ナツオ。
90キセツ:それは、ね……。ハルと一緒にいるのが、楽しいからじゃないかしら?ハルは気付いていないみたいだけど……ナツオって、ハルと一緒にいると、頬が緩んですごくだらしない顔になっているもの。
91フユキ:確かに、だらしない…。……ナツオは、もう知っているのにハルには言わないの?
92キセツ:……気付くのを、待っているのかも。…ふぅ、ああいう男って、我侭よね、フユキ。
93フユキ:……うん、わがまま。

(生前のジュリエット、教会で祈る)
94ジュリエット:神様……。どうかお願いです。私とロミオを……その為なら、私は家だって捨てます。暮らしなど、貧しくても気にしません。彼が傍にいるのなら、それだけで私は幸せです。神様、どうか彼の傍に居させてください。私は彼を心から愛しています。だから……。

95ハル:だから、俺たちを裂かないでください。神様。


96ナツオ:……ハル?どうしたんだ、こんな夜遅くに…昼に、デザインは出来たんじゃなかったのか?
97ハル:あ…うん、そうなんだけど…。……ちょっと、やり直したいところがあって…。
98ナツオ:…?…お前、泣いたのか?
99ハル:え?何で?
100ナツオ:目が赤い。
101ハル:あ、あぁ……そっか……。……夢を、見たんだ。たぶん、彼女の材料の。……でも、途中から……何だか、彼女が自分のように見えてきて……気付いたら、泣いてた。
102ナツオ:お前は感情移入しすぎなんだよ。確かに、彼女は悲しい結末を迎えて、この世界を去った。……でも、すげぇ時間はかかったけど、また会えたんだ。それは……彼女にとって、すげぇ嬉しいことなんだよ。
103ハル:……うん、そうだね。
104ナツオ:泣いた顔なんか、ジュリエットに見せるな。……良かったな、って言ってやれ。「思い出の品」ってのは……思い出を閉じ込めて、形に残す。それは忘れる為じゃない、忘れないように…形に残すんだ。悲しい結末であれ、彼女の恋は本物だった。彼女を飾る、最高の「思い出の品」を創ってやろうぜ?なぁ、ハル。
105ハル:……ナツオ。
106ナツオ:ん?
107ハル:……ありがとう。
108ナツオ:………あぁ。


109ジュリエット:可愛いハート、硝子みたい。色も綺麗なピンク…。
110キセツ:気に入っていただけましたか?
111ジュリエット:えぇ、とても!!今日の服に、よく似合っていると思わない?
112フユキ:えぇ、とても。
113ジュリエット:ふふっ、この服はね、ロミオと最初に出会ったときに着ていた、パーティーの服なの!誰にも邪魔されず、ようやく彼と会える…死んでしまったけれど、彼と結ばれるのは、嬉しいもの。
114ハル:ジュリエットさん。……ハートの傍につけた花、それは…桜、なんだ。
115ジュリエット:桜…?どうして…?
116ハル:君の恋に訪れた、春を…祝って…。……おめでとう、ジュリエットさん。……良かったですね。
117ジュリエット:……ありがとう。

118ナツオ:だからって、桜をつけるってのは……安易だと思わないか?キセツ。
119キセツ:さぁ、誰かさんに似たんじゃないかしら?
120フユキ:その誰かさんも、同じ桜の「思い出の品」を持っているくせに。
121ナツオ:……これはキセツが創ったものだ、俺の所為じゃない。
122キセツ:まぁ、私の所為……!?……良いわよ、今はそういうことにしてあげる。

123ナツオ:ボツ。
124ハル:またかよ…!!あーっ…!!もう、いらいらするなぁ…!!
125ナツオ:少しは頭を冷やせ。やり直し。
126ハル:はいはい、わかりましたよ…。
127ナツオ:まったく。この間の一件でちょっとわかるようになったと思ったんだけどな……。
128ハル:あれは…何か、特別で……。……あ、というか、俺、あの時、ちょっと生きていたときのことを思い出した気がする。
129ナツオ:……ちょっと?
130ハル:そう。……ジュリエットさんと同じように、俺も祈ってた。……俺たちを、裂かないで下さい、って…。
131ナツオ:………ずいぶんあいまいだな。
132ハル:う…し、仕方ねぇだろ。すごく断片的だったんだから。……でも、いつか絶対思い出す!!
133ナツオ:あぁ、そうか。とりあえず思い出す前に仕事しろ、仕事。
134ハル:わ、わかってるって…!(言いながら去っていく)
135ナツオ:……俺たちを裂かないで下さい。……あぁ、そうだな。…確か、そんなことを神様に祈っていたときもあったよな……ハル。




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